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職業訓練の新しい形。「ロボットと共に、自分も成長する」

» 2019年07月05日 10時00分 公開
[相馬大輔RPA BANK]

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RPA BANK

「真剣に高生産性・高所得経済への移行を目指すならば、高齢者大国の日本には本格的な成人の再教育制度が不可欠です。それも生半可なものではなく、世界が驚くほどの高い質を担保した制度が求められます」

投資銀行から文化財の修復を手がける老舗企業に転身、現在同社の社長を務めるかたわら活発な政策提言を行うデービッド・アトキンソン氏は、近著「日本人の勝算」でそう述べ、かつてない長期間を働き手として過ごす今後の社会で“学び直す機会”を持つ重要性を説く。

こうした問題意識を先取りするように、オフィスワークの生産性向上策として広まるRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を、再就職希望者への職業訓練に取り入れる試みが広島県で始まっている。その狙いと背景、受講者の声などを現地で取材した。

■記事内目次

<目次>

1.売り手市場でも激戦の事務職。公共職業訓練でRPAスキルを身に着け志望をかなえる

2.「ロボットと共に、自分も成長する」。再就職希望者に起こるマインドセットの変化

3. 国も注目。見えてきた公共職業訓練の新しい形

4.これから求められるのは『技術を覚えて使える人材』から『変革を起こせる人材』


売り手市場でも激戦の事務職。公共職業訓練でRPAスキルを身に着け志望をかなえる

「できました!」「もっといろんなことをやってみますか?」−。2019年5月中旬、広島市中心部に建つITスクールの一室は活気に満ちていた。

広島県立広島高等技術専門校からの委託で開講された職業訓練「RPA初級エンジニア養成科」。20代から50代の男女計20人がペアを組み、教室を回る講師にもアドバイスを受けながら、それぞれのPCに向き合う。取り組んでいるのは、定型作業を自動実行するソフトウエアロボットの作成だ。

訓練コースは2019年2月にスタート。RPAを学べる公的な職業訓練は全国的にもまだ珍しい。第1期生となった参加者の多くは、オフィスワークを効率化するRPAへの知識をキャリアアップに役立てようと考えた事務職志望者だ。

「みんな積極的。分からないことがあってもうつむいてしまうのでなく、率先して手を挙げてくれるのでポイントを伝えやすい」。訓練生への印象をそう語るのは、講師の1人である中島弥里氏。地元のIT企業としていち早くRPAに取り組んできた株式会社エネルギア・コミュニケーションズのエンジニアで、社内開発のかたわら、社外での講習を通じて普及活動も担う。

今回の訓練では、使用するRPAツール「BizRobo!」を含め、企業で実際に使われているツールの動向についての関心が高い。「就職という次のステップへの強い意識が伝わってくる」(同)とのことだ。

株式会社エネルギア・コミュニケーションズ 中島 弥里氏

広島県の有効求人倍率は2018年5月から2倍超えが続き、全都道府県でも有数の高水準にある。ただ事務職に関しては全国的な傾向と同様に募集が少なく、求人の倍近い求職者が“狭き門”に殺到しているのが現状だ。それだけに、事務職での再就職を真剣に望む人々の熱意は際立っており、今回の20人も半数が事務職経験者だった。

訓練を企画したスクールの代表である吉田豪氏(株式会社ビットゼミ代表取締役)は「初めての開催にもかかわらず、募集開始後すぐに希望が相次いで驚きました。前職で抱いた業務改善への課題感から、RPAへの関心を持っていたという参加者が多いです」と明かす。

広島県の産業界でのRPA活用は、これからが本番だ。吉田氏は「テスト導入したRPAツールが『誰も手をつけず宙に浮いている』という企業もあるようです。今までの経験を生かしたい事務職のベテランも、また初めて事務職を志す若い人も、時代を先取りしたスキルを身につけ、再就職先の業務改革をリードしてほしい」と期待をかける。

株式会社ビットゼミ 吉田 豪氏

「ロボットと共に、自分も成長する」。再就職希望者に起こるマインドセットの変化

「希望している総務・経理職の求人は、競争率4倍・5倍が普通。年齢で対象から弾かれることもありました」

人手不足が注目される中での厳しい現実をそう証言するのは、訓練生の片岡夕子さん。活路を求めて相談に訪れたハローワークで、今回のコースを紹介された。

ニュースなどを通じ、以前からRPAの存在は知っていた。「今後普及していくツールという直感もあり、思いきって受講を決めた」という。

半年前まで20年間住んでいた大阪では、中小企業で経理・総務を担当。少ない人数で業務増を乗り切る方法を考えていた矢先に、急きょ夫の転勤が決まった。

後任へ託した業務効率化に、新たな職場で再挑戦したい。そのためにRPAの知識がプラスになればと臨んだコースの説明会では「RPAの普及で、事務職の求人は今後さらに減る」との将来予測をあらためて聞いた。前に進むしかないが、「人員削減を後押ししているのでは」と、どこか割り切れない思いも残った。

戸惑いを払拭できたのは、共に訓練する仲間との交流に加えて、4月に参加したRPAの勉強会「RPALT 広島」*1 で、一線の実務家の考えに触れたのが大きかったという。「『生産性を高めるRPAの真価は、中小企業への普及を伸ばせるかどうかで決まる』『ロボットを成長させるために、自分も成長する』という話が、まさに我が事として胸に刺さりました」(同)

取材日の次週、訓練の総仕上げとなる職場実習を控えていた片岡さん。迷いのない笑顔で「学んだことを実務に落とし込む感覚をつかみたい。訓練や勉強会で得たつながりも大切にしながら、就いた仕事の中でロボットを生かせるようになれたら」と語り、目を輝かせた。

片岡 夕子氏

国も注目。見えてきた公共職業訓練の新しい形

雇用環境が改善していることを受けて、公共職業訓練の参加者や予算は、年々減少傾向を続けている。さらに「一般的なオフィスソフトの使い方を学ぶなど、スキルの底上げに重点を置いていた従来型の訓練では、競争の激しい事務職就職を十分サポートできない限界を感じていました」と、スクール代表の吉田氏は語る。

職業訓練に「時代を先取りした内容を学び、企業に持ち込める人材育成」という新しい価値を加えたい。そうした狙いで広島から始まった今回の試みは、さっそく他地域からも注目を集めている。

この日は厚生労働省広島労働局・広島県庁のほか、愛知労働局・愛知県庁の職業訓練担当者らも来訪。訓練を視察後、求職者がRPAを学ぶ意義と可能性について意見交換を行った。

視察の目的について、愛知労働局の坪井孝一氏(職業安定部訓練室室長)は「人手不足に悩む中小企業の働き方改革にRPAを活用できないか考えていたところ、ちょうど広島で職業訓練に採り入れているのを知りました。広島と愛知には『産業に占める製造業の割合が大きい』という共通点もあり、ぜひ実情を知りたいと考えました」と語る。

愛知県の産業界でもRPAの認知度は高まっているが、まだ求人のキーワードに上るまでには至っていないという。

坪井氏は「多忙な業務をITで効率化したくても、中小企業は人員に余裕がないため、なかなか新しいことに取り組めません。そこで業務改善の先導役として、RPAなど最新のテクノロジーを学んだ人材の採用を提案したいと考えています」と語り、自県での展開にも可能性を感じていたようだった。

厚生労働省愛知労働局 坪井孝一氏

これから求められるのは『技術を覚えて使える人材』から『変革を起こせる人材』

初回の成果を踏まえて、訓練コースのカリキュラムは今後、さらに見直していくという。スクールの吉田氏は「RPAのほか、関連した領域としてExcelマクロがつくれるVBAの演習などを入れていますが、ウェブサイトで動作するロボットがスムーズにつくれるよう、次回以降はHTMLに関する内容も盛り込む計画です」と話す。

実務者側からみたとき、RPAを強みにしたい再就職者に求められる資質は何だろうか。そんな問いに、広島でのRPA普及の第一人者であるエネルギア・コミュニケーションズの梶川祐朗氏(経営戦略本部ITサービス事業部長)は「仕事のやり方を振り返り、新しいアイデアを磨いて、企業のあり方を変える原動力になれる人」と断言。さらに、こう続ける。

「RPAは、ツールの操作そのものに限れば2週間もあれば覚えられるでしょう。また、実際にRPAを採り入れるためのノウハウは後から知れば十分です。企業が求める能力は『技術を覚えて使えること』から『変革を起こせること』へ、急速に変わりつつある。『この作業、本当に手でやりますか?』と社内で問いかけられる積極性、柔軟性を養ってほしいと願っています」

広島では年内にも、地元企業の本社や、東京に本社を置く企業の支店業務でRPAの導入が相次ぐ見込みという。「RPA本格化元年」を迎えた広島で各社の新戦力に加わり、変革を巻き起こす先導者たちの姿を目にする日は近そうだ。

株式会社エネルギア・コミュニケーションズ 梶川 祐朗氏

*1「RPALT 広島」は、広島で開催された「RPACommunity」のLT会です。「RPACommunity」はRPA業界初の完全な「ユーザー主体」コミュニティであることが特徴です。「LT会」はRPACommunityが全国各地で月に数回程度開催している、勉強会やLT(ライトニングトーク)大会のことで、RPA総合プラットフォーム「RPA BANK」では本コミュニティの総合サポートパートナーとして活動をサポートしています。

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