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「ミスができない」不安業務が半減。日揮が2年前からABBYYのAI-OCRを導入したワケ

» 2019年05月21日 10時00分 公開
[相馬大輔RPA BANK]

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紙や画面上の文字を電子データ化するOCR(Optical Character Reader)が、AI技術を搭載することで高精度の自動化を可能とするAI-OCRへと進化を続けている。ミック経済研究所「AI活用で転換期を迎えるOCRソフトウエア・サービスの市場動向 2018年度版」によると、OCRソフトウエア・サービス市場は成長基調にあり、特に2018年度対前年比ではAI-OCRが373.6%と大幅な伸びを示し、今後さらに成長するものと予測している。

オイル&ガス分野を中心にプラントエンジニアリング事業(設計、調達、建設)をグローバルで展開する日揮株式会社では、図面に代表されるドキュメントも重要な成果物の一つである。

設計業務では、ドキュメントに記載された情報が正しいかどうかチェックする必要があり、その数は平均的なプロジェクトで数万件にも及ぶ。これまで目視で1ドキュメントずつチェックしていたが、同社ではABBYYのAI-OCR製品であるFlexiCaptureを導入し、大幅な業務効率の向上につながっているという。RPAやEDMS (Electronics Document Management System)と組み合わせることで、業務はどう変わるのか。導入と利用、それぞれの担当者に効果と留意点を聞いた。

■記事内目次

  • 膨大な数のドキュメントチェックへの限界
  • 業務時間の50%以上を削減と「ミスができない」不安の軽減を実現。
  • 導入成功の鍵は、やりたいことがすぐにできる、わかりやすいインターフェース
  • 業務の好循環を生み出したAI-OCR。広がり始める活用展開の動き

膨大な数のドキュメントチェックへの限界

−日揮ではAI-OCRを導入し、すでに安定稼働フェーズに入ったと伺いました。そもそも、どのような課題があったのでしょうか。

村上佳寿子氏(オイル&ガス統括本部 PM技術部 ドキュメントマネジメントチーム): プラント建設プロジェクトでは、設計業務の成果物として、図面などのドキュメントを後続の調達、建設業務のために作成・発行します。一つのプロジェクトでは、だいたい2万から3万程度のドキュメントが作成されるのですが、大きなプロジェクトになると10倍程度に及ぶケースもあります。

いくつかの業務がありますが、その一つがドキュメント上の情報をチェックするものです。例えば、設計では変更が繰り返し行われるのですが、万が一古いドキュメントが誤って混入していれば、建設するプラントの安全や品質を脅かす恐れがあります。そこで私たちがドキュメントの改訂番号をチェックし、品質を担保しているわけです。

ただ、目視での作業には限界を感じていました。

−目視の限界とは、どのようなことでしょうか。

ドキュメントファイル自体はデジタルですが、コンピュータにとっては「図形」も含まれており、「文字」として認識できず検索不可能なファイルも多く存在します。そのためファイルを開いて情報を目視で確認し、リストと突き合わせていくのですが、これは納期遅れが許されないクリティカルな業務です。多い日には500程度、少ない日には10程度とドキュメント数にばらつきがあり、業務量が平準化できず、しかも出社してみないとボリュームがわかりません。作業ボリュームが多い日には他の担当者に協力を頼んで対処していました。

業務時間の50%以上を削減と「ミスができない」不安の軽減を実現。

−そこでAI-OCRを導入することで、効率化を図ったわけですね。どのような効果が見られましたか。

井上照珠氏(オイル&ガス統括本部 PM技術部 ドキュメントマネジメントチーム): 新しい自動化の仕組みは、AI-OCRとExcelマクロを組み合わせることで実現しました。AI-OCRが対象ドキュメントの中から指定した情報を取り出した後、マクロを実行するとマスタデータとの突き合わせを自動で行う仕組みを構築しました。100枚のドキュメントをチェックするのに、1人だと1時間程度を要していたのが、設計者に対して差し替えを依頼するやりとりも含めて、人手を必要とする時間は30分程度に半減されました。枚数が増えるほど効果が出てきます。

もしドキュメントの発行が遅れると、プロジェクトの納期など、さまざまな面で重要な影響を及ぼす可能性があります。そして、目視なので見落としなどのヒューマンエラーの可能性も否定できません。焦るときほどミスが生じるのではという恐怖心も生まれるものです。効率が上がると同時に、心理的な負担も減りました。

−しかしAI-OCRは、まだ成長中のツールだと思います。なぜ比較的早い段階で導入を決断できたのでしょうか。

喜多陵氏(データインテリジェンス本部 DIプランニング部 エンジニア): 日揮グループではプラントにおける設計・調達・建設のプロジェクト遂行、そしてこれら全体のプロジェクトマネジメントを軸としたビジネスを展開しています。こうした技術を向上させるために早くからITを活用してきた歴史を持つのですが、昨今で急速な発展を見せているAIやIoTなどデジタル技術を取り入れることで、更なるビジネス改革を目指しています。そこで日揮グループでは新たなIT戦略である「ITグランドプラン2030」を策定し、将来の姿を見据えた積極的な取り組みを進めているところです。

その一つが、単純作業を減らすことによる省力化です。私はITエンジニアとして、新技術での業務改善手法検討やツールの検証、導入支援を行う立場にあります。そんな私の目に止まったのは、ディープラーニングで高精度な画像認識が期待できるAI-OCRです。特に設計におけるドキュメント管理は目視に頼るボリュームが大きいことから、導入すれば効果も出やすいだろうと考えました。試算したところ、投資対効果で見て十分に元が取れると判明したので迷いなく導入を進めることにしました。

導入成功の鍵は、やりたいことがすぐにできる、わかりやすいインターフェース

−まずツールの選定から導入が始まったことと思いますが、どのような点を評価したのでしょうか。

喜多氏: OCRツールには、ABBYYのFlexiCaptureを選択しました。他のOCR製品と比べて特徴的なのは、優れたユーザーインターフェースでしょう。

こんなこともできたらいいなと思って調べてみると、実際にできることが多く、また必要な機能を自分たちの手で使いこなせます。必要な機能が自分たちで使いこなせなかったり、設定をベンダーに依頼しなければならなかったりすると、多くの制約を受けることになってしまい、期待したような効果が得られなかったでしょう。

これまでのところ文字の認識精度についてはまったく不満はありません。AIが認識精度に自信のない文字は赤く表示されるといった、わかりやすさも評価ポイントです。

−開発はどなたが担当されたのですか。

井上氏: 私が担当しました。それほどIT知識があったわけではないのですが、半日間のトレーニングを5日間受講した後、課題とフィードバックを受け、ヘルプマニュアルを見ながら開発を進めていきました。

導入を決めて半年で稼働を開始したのですが、実際に運用を始めてみて見えてきた問題もありましたね。

−どのような点でしょうか。

井上氏: ドキュメントの種類によって、取得したい情報の記載場所がまちまちだったため、スムーズに自動取得できないこともありました。設計部門にOCR導入の意義を理解してもらい、OCRを前提にしたテンプレートを使用してもらうことで解決しました。プロジェクトの全てが新テンプレートで統一されるまでの過渡期は難しかったですね。

業務の好循環を生み出したAI-OCR。広がり始める活用展開の動き

−AI-OCRによって、顧客からの反応に変化はありましたか。あるいは、日揮社内では何が変わりましたか。

村上氏: もともと日本のエンジニアリングの品質は高いため、ミスがなくなって評価が上がるような品質面における劇的な変化はありません。

AI-OCRを導入した動機は、もう一つありました。業界内では、サーチャブルPDFなど文字検索が可能なデジタルドキュメントで提供してほしいとの要望が強く、それに対応していくことが業界をけん引する立場として欠かせなかったのです。わざわざ褒められることはなくても、利便性を提供し、サービスの価値を向上できたはずです。

社内での効果は先ほど井上がご説明した通り、今のところ時間短縮などで効果が現れています。他のドキュメントもチェックしたいという要望も増えているので、創出できた時間を使ってこれまでと違うチェックを充実させ、サービス品質を向上させたいと考えています。

喜多氏: 今では他部門のユーザーにもOCRの価値について共有しており、ぜひ使いたいと検討を進める部門が増えています。

井上氏: ゼロから始めて、かなりイレギュラーなケースでも文字を認識させられるようになりました。今後は、この経験をぜひ社内に広めていきたいと思います。

村上氏: まだこれからですが、AI-OCRを使ったチェックツールをRPAと組み合わせてエンジニア部門に展開したいですね。ドキュメントを管理システムに登録する前に、現場でタイムリーにチェックすることができれば、私たちの手間もエンジニアの手間も減りますが、心理的なプラス効果も期待できるのではないでしょうか。私がもし設計する立場なら、指摘は必要なことだとはいえネガティブな気持ちになってしまうだろうと想像しています。OCRやRPAなどデジタル技術の導入は、気持ちの面でも社内に好循環を生み出してくれることでしょう。

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