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「時間本位」からの脱却。RPAでアップデートされる三菱重工の“企業文化進化論”

» 2018年08月10日 10時00分 公開
[相馬大輔RPA BANK]

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陸・海・空、さらに宇宙をフィールドに事業展開する三菱重工業株式会社(東京都港区)。幾多の国家プロジェクトを担い“日の丸を背負う”メーカーの代表格とされてきた同社は2014年度以降、海外売上高が国内を上回り、グローバル企業としての存在感も増している。そこで急務となっているのが、世界標準に合わせた「企業文化のアップデート」だ。

おりしも日本全国で「働き方改革」が叫ばれる中、財務部門を皮切りに始まった三菱重工の業務プロセス改革では、ソフトウエアに定型業務を代替させるRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を導入。働く人と仕事の関係を見直す過程で、各国拠点を含むコーポレート部門全体の意識改革を目指しているという。

その先頭に立ち、「RPA DIGITAL WORLD 2018」(2018年7月4日に東京で開催)で登壇した同社 執行役員 グローバル財務部長の中山喜雄氏と、同社の業務改革を支援するアビームコンサルティング株式会社 戦略ビジネスユニット 執行役員 プリンシパルの安部慶喜氏に、取り組みの現況と背景、さらに今後の展望を取材した。

(右から)三菱重工業株式会社 執行役員 グローバル財務部長 中山喜雄氏、アビームコンサルティング株式会社 戦略ビジネスユニット 執行役員 プリンシパル 安部慶喜氏

年6万5,000時間をロボットで創出

「プロジェクト・ダーウィン」。中山氏が財務のトップに就いた2016年にスタートさせた業務プロセス改革プロジェクトは「適者生存」を説いた自然科学者の名前を冠し、激変する時代への適応を訴えている。具体的なプロセスとしては、まず既存業務の 可視化 や 業務標準化 に着手し、翌2017年からRPAの導入が始まったという。

社内では既に、入金引当や消込、支払処理、連結仕訳帳作成、資金繰り表作成などで20体のロボットが稼働しており、近く80体の上積みを予定。ロボットと連携して伝票を自動処理するOCR(光学文字認識)の投入も控えており、これらの効率化によって本社財務部門で年間約6万5,000時間の人的リソースを創出する計画だ。

壇上でRPA活用の経緯と現況を語った中山氏は、これらの背景について「財務経理業務は四半期決算のため、3カ月に1度の周期で非常に忙しくなる。働き方改革のためにも、繁忙期にロボットを活用して(繁閑差を平準化する)ピークカットをしたかった」と説明した。立ち上げに際してのロボット作成は、アビームコンサルティングのエンジニアが担当。“初速をつける”狙いから、特に顕著な効率化が見込める定型的な業務にターゲットを絞り、RPAのプロフェッショナルを集中投入したという。

今後取り組みが十分浸透した段階で、ロボットの作成や運用は、業務の実情に通じた現場スタッフに引き継がれ内製化していく計画となっている。作成・運用をユーザー自身で統制するためのマニュアルや手順書などが既に整備されているほか、多くの業務に共通しているPC上の作業に関しては、ロボットの「使い回し」ができるようテンプレート化も進められている。

中山氏は「業務負荷の低い時期を選んで社内勉強会を行い、ロボットの作成・保守を担う社内人材を育てているところだ。保守ではIT部門の役割も大きくなるとみており、同部門からRPA推進の週次ミーティングに毎回参加してもらっている」と話す。

意義が薄れた古い仕事を現場から“奪う”のはリーダーの務め

長年エンジニアとして勤務してきた中山氏は、2011年に初めて本社部門に着任した際「前例踏襲の保守的な雰囲気を強く感じた」という。その後、シンガポール法人の社長を3年半 務めたのち、財務部門トップとして本社復帰を命じられた際には「特に保守的な財務を起点に、全社的な改革を」と経営陣を説得。これが認められ、プロジェクト・ダーウィンが始動した。

もっとも、RPAの導入が当初から決まっていたわけではない。「財務実務を丸ごと社外に委託する案も検討していた」(中山氏)。最終的にRPAを用いた業務プロセス改革が決まったのは、AI(人工知能)の普及を見据えたテクノロジーへの習熟という意味合いに加え、自社で業務を統制できることや、自前で業務を改善する意義が重視されたためだ。結果として業務は社内に残されることとなり、取り組みへの注目はよくも悪くも集まりやすくなった。

中山氏は「RPAの導入に関して抵抗勢力があったのは事実。遠巻きに様子をうかがう社員も多かった。だからこそ、とにかく早く成果を示したかったのが本音で、週ごとに各部門 での導入の進捗を細かく確認してきた」と振り返る。

もともと導入効果が即効的で分かりやすいRPAを、プロフェッショナルの手を借りて最適な部分に適用したことで、ほどなく「抵抗勢力」は「推進派」に一変。現在では人事・調達といった財務以外の部門からも導入に前向きな声が集まりだしている。

ロボット化の対象業務を担うスタッフの間に、作業が肩代わりされることへの不安はなかったのか。そんな問いに中山氏は「人間は変われるし、成長する」と即答。さらに「『RPAが余力を生んでも、スタッフが畑違いの職種に転身できるか疑問』といった声も聞くが、実際には『業務プロセスを変えるイノベーター』という活躍の場がある。例えば、自席で決まりきった作業に終始していたある女性は、RPAを学びだしてわずか半年後、事務文書を自動処理しやすいフォーマットへ見直そうと動きだし、他部署との調整にも出向いている。業務の価値が高まったばかりでなく、本人も自分で考えて動く今のほうが楽しいはずだ」と力を込める。

アビームコンサルティングのRPA専門チームを率いる安部氏は「『早く・正確に』という仕事は、もうロボットに任せたほうがよい。ただ現場の人間は、それが目の前にある限りは真面目に処理を続けてしまう。意義が薄れた古い仕事を現場から“奪う”のはリーダーの務めだ」と指摘。さらに「人間にとって価値ある仕事のありようを真剣に考えるなら、ロボットのほうが適している仕事を人間にさせてはならない。一時的に『人のやることがなくなる』事態も覚悟して初めて、仕事に対する考え方を根本から見直せるようになる」と語る。

「プロジェクト・ダーウィン」の本質は従業員のマインドセット

さる6月29日に国会で成立した、いわゆる「働き方改革関連法」では、長時間労働を続けるほど残業代で収入が増える“時間本位”のルールが一部で見直された。中山氏もまた、「時間で勝負するな」と社内で繰り返し呼びかけているという。「定時内に業務を済ませて会社の外で過ごす時間を確保し、創造的 な発想を養うことで仕事の成果にもつなげてほしい」との願いからだ。

RPAの活用を含め、業務プロセス改革では効率化によって作業時間が短縮される。このため、労働時間や残業代を削減する手段となりうるのは確かだ。ただ中山氏は、それが“本丸”ではないと強調し「重要なのは企業文化を変えること。業務プロセスの効率化はあくまでも、そのためのきっかけ」と説く。

業務プロセス改革を通じた企業文化改革の例として中山氏は、財務部門で「紙とはんこ」の決裁をやめたことを挙げる。電子決裁への移行で手続きの時間が短縮できたのはもちろんだが、真の狙いは同時に進めた決裁自体の簡素化、つまり権限委譲にあった。「上司のはんこは、たいてい責任回避のためにもらうもの。それを封じ、自分で考え・決めて・実行できる裁量を持たせた。一人ひとりの責任は重くなるが、それが業務の付加価値、仕事のやりがいを高めることにつながった」(同)

中山氏はさらに、同業で世界トップを争うGEやシーメンスが性別・国籍・年齢を問わず優秀な人材を登用していることに触れ「当社も海外法人の現地採用組は、定時で帰るのが当たり前だ。『みんなで残業』という文化のベースには“日本人男性ばかり”という職場の均質性があり、これが活発な議論や、新しい発想を阻んでいる。競合に勝つためには採用のターゲットを広げる必要があり、そのためには長時間労働から脱却しなければならない」と説明。業務プロセス改革と同時にダイバーシティを実現し、労働時間よりも創造性を重視するための人事制度改革が社内で進んでいることを明かす。

RPAの活用も、いよいよこれからが本番だ。「国内のグループ各社、また欧米・中国・シンガポールの各現地法人には、必ず財務部門がある。そこにまず、本社財務部門で培ったRPAのノウハウを伝えることで、ロボットを素早く浸透させていきたい」と中山氏。グローバルに進める業務・人事の一大改革をRPAで先導する戦略に、並々ならぬ自信をのぞかせた。

チャールズ・ダーウィンは1859年の著書「種の起源」で「多様化が進んだ生物は、そうでない生物との生存競争で有利になる」、また「さまざまな生活習性を持つ生物が、それぞれ完全に適応して暮らしているほど、その土地に生息可能な個体数は増える」と述べている。150年以上前に、ダイバーシティがもたらす豊かさを看破していた天才にならう三菱重工。世界に広がるその拠点で、凝り固まった仕事と決別した人々の多様性が輝く日は近そうだ。

中山氏と安部氏によるセッションでは、三菱重工業が取り組む業務プロセス改革プロジェクト「プロジェクト・ダーウィン」の全容が語られた。

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