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『オートメーション・バカ』って、タイトルが非常にキャッチーですが

(Writer:大石)

「自動化」の影響を理解しているか

出版社のWebサイト(http://www.seidosha.co.jp/index.php?9784791768448)によると「わたしたちの生活はさまざまなところで自動化の恩恵を受けている。 医療、株取引、建築設計、自動車、ロボット―― これらはもはや高度なオートメーション技術の助けがないと実現できないことばかりだ。 たとえば、飛行機はこうした高度なオートメーション機器がトラブルを起こしただけで、 深刻な事故を起こしかねないのだ。 しかし、実は、何より恐ろしいのは、 こうした「自動化」のなかにいるわたしたちがその甚大なる影響について、 いまだきちんと認識していないことではないだろうか。

オートメーションバカ

『ネット・バカ』の著者が、自動化しつづける世界がわたしたちにしていることを暴露する。」 とあります。

オートメーションが進むと人は退化してしまうのか

 私自身は『ネット・バカ』を読んでいないので何とも言えませんが、ニコラス・カーといえば『Doe IT matter (邦題:ITにお金を使うのは、もうおやめなさい、2005年出版)』の著者であり、当時Software Engineerとして日々技術の研鑽にのみ励んでいた私にとっては非常に、ただひたすら衝撃的な本を書いた人物であり、本書の存在を知った際には正直「先生、次はいったいなんでしょうか?」と思わずにはいられませんでした。 本書の原題は『The Glass Cage』、直訳すれば「ガラスの檻」ですが、ぴんと来ません。ためしにGoogleで画像検索をしてみると以下のような画像がヒットします。

Glass Cage

要するに、中身は見えるけれど手も足も出ないといった感じでしょうか。(どうやらClassとはコンピュータのディスプレイを意味しているようですが。)作中にも繰り返し登場する事例や主張として、今まで人が実施してきたことを機械でオートメーション化することにより、人の能力が低下してしまうということが挙げられます。物事をより便利で簡単にすることができる反面、一旦それが機能しなくなった場合には手も足も出ないということです。 オートメーション以前の機械が人間の補助をしてくれるというあくまで人間が主体の関わり方から、オートメーション化では機械が主体で人間がサポートと言う逆転の関係を生み出し、オートメーション化への依存度を高めれば高めるほど機械に隷属し、人間は仕事を奪われるという結果に陥りやすい気がします。 最近では2045年問題と言う言葉も聞くようになり、一部機械と人間の将来について危機的な予測も聞かれることが有りますが、人間が機械に支配されてしまうような将来が待っているのでしょうか。 例えば機械を従の位置づけに置いたままオートメーションを進められる分野はないでしょうか。機械は完全と思わずに、機械も失敗することがある前提でオートメーションを考えることは本当に無意味でしょうか。まだまだ、考えられることはありそうな気がします。

まとめ

テクノロジーの進化からは基本的に逃れることはできません。目を背ければ通り過ぎて行くわけでも拒絶すれば立ち去ってくれるわけでもなく、それどころか自分たちが手をこまねいている間に別の誰かが都合よく手なずけてしまうこともありえます。 変わり行く状況の中で自分たちを生かすためには、到来しつつある未来の変化を一度受けとめ、冷静に吟味する中にありそうな気がします。 機械化・コンピュータ化・自動化がどうしても避けられない道であるとするならば、オートメーション・バカではなく、オートメーション・ワイズに舵をきりたいですね。

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